『月刊ほん Vol.3』では、アメリカにおいて公共図書館に『電子図書館サービス』を提供する会社として圧倒的シェア誇るOverDrive社(*1)と2014年5月に戦略的業務提携を発表した株式会社メディアドゥ(*2)の取締役事業統括本部長 溝口敦氏に日本の図書館への電子図書館サービス導入に関して、現状や今後についてお話をうかがった。(取材日:2015年11月24日 聞き手:月刊ほん 編集担当)(連載第一回)
第1回|第2回|第3回(近日中公開)
■第一回■ ・『電子図書館サービス』が日本で普及するまでに時間がかかることは覚悟の上だ |
✐『電子図書館サービス』が日本で普及するまでに時間がかかることは覚悟の上だ
―御社のお話でアメリカで成功を収められているOverDrive社に関してうかがわないわけにはいきません。まずはここからお聞かせください。Library Journal誌とSchool Library Journal誌による2015年10月に発表された共同調査で、アメリカの図書館の約92%がOverDrive社のプラットフォームを使っているとの報告がなされています。ここまでOverDrive社が強くなった理由は、何だとお考えですか?
溝口:地道にひとつずつハードルを越えながら、続けていったことだと思います。サービスをより良くするために莫大なシステム投資をずっと行っている事や、図書館さん、出版社さんとの向き合い方などについても真摯に続けてきた結果でしょう。以前、カヤホガ図書館にOverDrive社の方々と一緒に行ったことがあるのですが、我々も含めてすごく歓待されました。彼らの図書館の方々との信頼関係とその密度の濃さを目の当たりにさせられました。
―昨年OverDrive社のMike Shontz(マイク ションツ)氏にお会いしたとき、最初はOverDrive社もなかなか思い通りに行かず大変だったとおっしゃっていたことを思い出しました。出版社はコンテンツを出さないし、図書館からも理解が得られないなど、今日本が抱えているハードルとほとんど変わらなかったと。今の状況に至るまで15年近くの年月が必要だったともおっしゃっていました。
溝口:やはり、『電子図書館サービス』が日本で普及するまでには、時間はかかると思います。そもそも今までなかった文化ですから。
i-mode全盛期のころに私はドコモにいましたが、ガラケーの小さな画面でマンガを読むサービスが出た直後は、紙のマンガとの大きな違いもあり「このサービスは売れる」なんて感じていた人はわずかだったと思います。しかしながら、結果的には市場ニーズもあり、端末がスマホに変わっていくと、より読みやすくなったこともあって、これまでマンガを携帯端末で読まなかった方々がちょっとずつ手に取ってくれるようになりました。今の状態の電子書籍販売ですら、課金利用者はスマホで展開されているサービス全体のシェアからすると10%前後しかないという調査があります。10年以上やってきた電子書籍でさえまだ発展途上なんです。
図書館で『電子図書館サービス』を展開することの意味や意義は、もちろんあると思いますが、様々な調整が必要な事もあり、普及するのは来年という話にはならないでしょう。ただ、我々の置かれた状況は、OverDrive社がサービスを開始した10年、15年前よりは、ハード的な環境面からは少し良い状況だとは思っていますので、この良い環境は活かしていきたいと考えています。
✐日本に合った『電子図書館サービス』のコンテンツ価格や購入体系の構築には、年単位の時間が必要だろう
インタビューに応える溝口敦氏(左一)
―日本の図書館に『電子図書館サービス』を導入する仕組みを提供するにあたって、OverDrive社がすでに提供済の約260万タイトルを誇る洋書以外に、和書のタイトルの提供は必要不可欠だと思いますが、現時点で和書はどのくらい揃えていらっしゃるのでしょうか?
溝口:現状をお伝えすると、和書で1万4、5000冊くらいあります。多くは「青空文庫(*3)」です。しかし、図書館さんが紙の本として所蔵されているレベルからすると、まだまだ足りない状態です。今後、日本の出版社さんに交渉し増やしていきたいと思っています。和書のタイトルを揃えていくのはまさにこれから、というところですね。
―タイトルの価格体系などはどうなるのでしょうか?
溝口:出版社さんと相談しながら決めることが重要です。出版社さん側も正直悩んでいると思います。何故なら「こうすればいい」という見本例が今ありません。価格のみならず、図書館の購入体系はいくつかパターン(*4)があるのですが、どれが正しいのかは現時点では正直誰にも明確に分からない状況です。今現在は、アメリカの前例を皆さんにお伝えしながら選択いただいていますが、何が正解なのかはまだわかりません。日本に合った価格や購入体系は、今後の様々な試行錯誤を経て決まっていくのではないでしょうか。そして、それには年単位の時間を要するのではないかと考えます。
―現時点での和書のタイトルの多くは「青空文庫」が占めているとのお話でしたが、例えば今年著作権が切れる谷崎潤一郎を今の若い人の多くはおそらく知らないので、タイトルとして準備しても読もうとしてくれないのではないでしょうか? 青空文庫の残念なところは、そのタイトルがどういったものなのかなどの解説やそのタイトルを読みたいと思わせる導入部分がないことだと思います。これらいわゆるナビゲーション機能は、『電子図書館サービス』においては特に重要なものだと思うのですが、OverDrive社の提供するシステムにはこれに該当する機能はあるのでしょうか?
溝口:基本的に、電子書籍販売時に作品訴求する方法と同じなので、司書さんがシステムを使って作ることが可能です。我々がOverDrive Japanとして提供しているシステム(Webサイト)には、『電子図書館サービス』が必要とする機能、いわゆる本を貸したり、返したり、読めたりという機能は当然ありますが、加えてそのWebサイトをどのように構築するかという機能もあります。例えば「○○特集」のような企画を、司書さん自身によって電子図書館サービス内に作る事が可能です。
(第二回へつづく)
溝口 敦 (みぞぐち あつし)
株式会社メディアドゥ取締役事業統括本部長
2000年NTTドコモに入社し、2008年よりメディアドゥに参画。
国内の電子書籍配信事業、OverDrive Japanをはじめとした海外展開事業を担う。
OverDrive社(*1)
電 子図書館プラットフォーム世界最大手。1986年に設立し、本社所在地は米国オハイオ州クリーブランド。5000社以上の出版社が提供している200万タイトル以上のデジタルコンテンツを、全世界で30000館以上の図書館・学校・大学向けに配信サービスを行っている。2015年4月より楽天の完全子会 社に。
公式サイトhttp://www.overdrive.com/
株式会社メディアドゥ(*2)
「ひとつでも多くのコンテンツを、ひとりでも多くの人へ」を事業理念に、電子書籍の流通事業を営む電子取次大手。電子図書館サービスを日本の図書館向けに提供しており、日本発マンガコンテンツの海外配信事業にも力を入れている。
公式サイトhttp://www.mediado.jp/
青空文庫(*3)
日本国内において著作権が消滅した文学作品、あるいは著作権は消滅していないものの著作権者が当該サイトにおける送信可能化を許諾した文学作品のテキストを公開しているインターネット上の電子図書館(wikipediaより引用)
図書館の購入体系はいくつかパターン(*4)
主に閲覧無制限の買い切り方式(紙と同じく購入して制限なしで閲覧できる)と閲覧制限付きのライセンス販売方式(1ライセンスにつき1冊しか借りられない)などがある。