✐今求められていること、それは電子書籍に対する考え方の転換=ITの活用だ。
―『電子図書館サービス』を推し進めるにあたって出版業界や図書館界の方々に何かあればお聞かせください。
溝口:他の業界の話で例えるとすごくわかりやすいと思いますね。例えば、今、ゲーム業界のトップといったら任天堂ですよね。ご存知の通り、任天堂はもともとゲーム屋さんではなく、玩具屋さんでした。その時の玩具ってアナログでフィジカルなものじゃないですか。任天堂はこのフィジカルな玩具をデジタルに置き換えたんですね。たくさんの子どもたちに楽しんでもらうためにデジタルを活用するべきだと判断した。ゲームウォッチやファミコン登場の背景です。その後、ファミコンは形を変えてDSやWiiとなっていき世界中で使われる大きなプラットフォームとなりました。そして、今のゲームの主戦場はスマホに変わりつつありますが、ここへのアプローチでも大きな舵取りをされようとしている。ハードやアプローチは都度変わっていますが、一貫されていることは「ゲーム人口の拡大」だろうと感じます。
一方で、私達の業界では、(最近減りましたが)紙であるとか紙じゃないとかという議論になることがよくあります。ITが人々にとって生活必需品になってきた今、デジタルを使えばより多くの人が書物の良さを知り、楽しんでもらうことができるようになるのではと柔軟に考えた方がいいのではないかと思います。「書物を読む」行為の選択肢をデジタルを使って広げることが読者層を増やすといった考え方が大切だと。ITを活用した「読者人口の拡大」です。
―そうですね。『月刊ほん Vol.2』の出版社インタビューでインタビューさせていただいた出版デジタル機構の新名さんも同じようなことをおっしゃっていましたが、出版業界も既存の出版社・印刷といった体制を「続いてきたから良し」とせずに、何のために本はあるのかということを本に関わっている方々が情報を整理して、本気で違うやり方を考える時期になってきているんですね。
溝口:そんなに時間がないと思うんですね。この時代、ユーザーはそんなに待ってくれない。私達の反省も含めてですが、残念ながら現在の電子書籍は、デジタルで書物を提供するメリットをまだまだ使えてないと思っています。確かにたくさん持ち運べるとか、いつでも買えるとかというのはメリットなんですが、ITによる書物のイノベーションと呼べるようなものは起こっていない。EC(*8)を考えてみてください。ものを売買することが、インターネットによって明らかに変わりましたよね。航空券やホテル、レストランの予約でも、今やITがなかったらどうやっていたんだろうというところまできています。インターネットによって、自分なりの旅行を組み立てたり、昔であれば絶対に巡り会えなかったレストランに行ったりできています。
この状況において、書籍の場合はどうでしょうか。確かにECによってたくさんの本と巡り会え、購入できる機会は増えてきたように思います。でも、ITを使うことでたくさんの書物を見つけられて、より多くの人に読んでもらうようにする事はもっともっとできるのではと思っています。
―ITのメリットを使ってやれることなどを具体的にお話いただけないでしょうか?
溝口:例えばですが、テキストデータや画像の全文検索ができたらどうでしょう? インターネット上で、「今日のご飯」、「いも」、「玉ねぎ」で検索すると、今はWEBサービスにある情報がヒットして上位に並びますよね。でも、ユーザーからしたらWEBサービスである必要はないんです。書物がヒットしてもいいじゃないですか。書物がヒットして、「おっいいね」となれば、紙か電子書籍で買ってくれる人がいるかもしれない。ITを使う人からしたら、ヒットしなければないのと同じですから、ヒットさせることは大前提なんです。
また、WEBサービスの情報がトップヒットするのは、当然サービス提供者がそのようにサイトを作っているからですが、同じように書物を作るサイドもそれができる。すなわち、電子書籍(=デジタル化)にしたのなら、その先に更に工夫ができることがあるということです。
もちろんWEB上で情報を全部出すと売れませんから、うまく出し入れする必要があります。でも、それを考えるのがITを利用する事であり、技術を使う事だと思うんですね。
―電子書籍への誘導が必要ということですね。
溝口:電子書籍に限らず、ユーザーに「書物」があることを伝えないとだめだと思います。ITを使うことを考えた瞬間に、今よりもっと柔軟に書物を取り扱うというイメージにしたほうがいいとも思います。具体的にはインターネットが持つ「見つけやすくする仕組み」「新たな出会いの創出」や「改版、改定」「価格」「表現」の柔軟性などをフル活用したい。現時点では、本をデジタル化する事のメリットのほとんどが「いつでも買える、どこにでも大量に持ち運べる」ことでしかなく、残念ながら前述の良さを十分に使いきれていないように思います。今の電子書籍全体が抱える課題だと認識しています。
✐本は、本を読む人の大きなプラットフォームだと思った方がいい
―出版業界がこれらインターネットのメリットを駆使してしまうと、結果的に今の日本の出版界の構造(出版社→取次→書店→読者)が電子書籍の場合だとあまり意味がないことを露呈することになりませんか?
溝口:それは少し違うように思います。それぞれの役割を真剣に考えていく必要があるとは感じますが、意味はあるのではないでしょうか。
書物って、本を読む人達へ向けた大きなプラットフォーム(以下、「本のプラットフォーム」とします)だと思っています。そして本は、本のプラットフォームの上でしか消費されない。本のプラットフォーム上にいない人は本を読まない=本を消費しないんです。だから、我々としてはそのプラットフォームを広げたいと考えています。
例えばLINEというプラットフォームには、国内だけでも5,000万人以上の利用者がいますが、LINE側はひとりでも利用者を増やそうとプラットフォームの強化を行います。なぜなら、LINEプラットフォームの拡大によって、その上での様々なビジネスが大きくなるからです。書籍の場合も同様だと思います。本のプラットフォームをどうやって広げるのかを考えることが、この業界の人達(出版社、著者、図書館、一般的な書店やEC業者)にとっては一番重要なことであるはずです。ITを使って、そのメリットを余す事なく享受すれば、本のプラットフォームは広がります。その具体例としてわかりやすいワードが、電子書籍や電子図書館ですから、むしろそこを深掘りしてこそ出版界の構造にとって意味があると思います。
繰り返しになりますが、本のプラットフォームをどうやったら大きくできるのかが一番重要で、紙とか電子とか電子図書館はそれを実現するための手段でしかないと思っています。どうしてもデジタルの話になりますが、紙でしか実現できない事もあるわけですから。我々としては求めるモノを、求める手段で提供できるようにしたい。もっと「本が好きな人にとってどうなのか」とか「本をたくさん読んでもらうために」という話をしていきたいですね。
―確かに中心となるのは読者であるべきですね。どうもいろいろな議論の中にこの一番重要なことが抜けてしまいがちな気がします。
では、最後に、電子図書館に必要なことや果たすべきことは何だと思われますか?
溝口:電子図書館もリアル図書館と同様、情報に触れる場所と考えるべきです。サリー(*9)も言っていたとおり、図書館は「知」の集積の場所で、そこでものを調べたり、勉強したり、文化に触れたりするのを助けていく機関のはずです。電子図書館が果たすべき事は、リアル図書館と同じで、本を読む環境を整えるというだけですね。電子図書館が充実することで、リアル図書館がより素晴らしくなり読書量が増えるという姿がアメリカにはすでにあります。我々がやらなければいけないのは、知の集積の場所の意味を正しく理解し、加速させることだと考えています。
図書館による紙本の貸し出し手法についていろいろ議論があります。その理由も承知していますし、検討をすべきとは思いますが、誤解を恐れずに言うと、純粋に僕はそれでも様々な手法をトライすべきだと感じています。世の中には図書館以外でも、営利非営利問わず、色んな貸し借りの姿もありますし、中古販売などの世界もあります。先ほども話をしたように、本に接するユーザーの価値観は対象や時間や場所によって様々変わります。同じ人でも、時と場合によって異なります。その中で、図書館による貸し出しを単純に危惧するというのは、本のプラットフォームを小さくする事になってしまうのではないかと感じています。
本のプラットフォームを最大化するためにできることは何なのか。様々な角度でトライができると思いますが、私達はITを使ってそれを正しく拡大したいと考えています。僕も本をたくさん読んでいますし、もっとたくさんの本に出会いたいと思っています。本の未来は明るいものであって欲しいですよね。
(了)
溝口 敦 (みぞぐち あつし)
株式会社メディアドゥ取締役事業統括本部長
2000年NTTドコモに入社し、2008年よりメディアドゥに参画。
国内の電子書籍配信事業、OverDrive Japanをはじめとした海外展開事業を担う。
『進撃の巨人』を海外向けに配信するとか、Lineマンガで日本のマンガを海外向けに配信するとかいうニュースリリース(*1)
メディアドゥ、「進撃の巨人Attack on Titan」「FAIRY TAIL」など講談社作品の英語翻訳版を米国OverDrive電子図書館向けに提供開始
ニュースリリース:http://www.mediado.jp/corporate/1278/
メディアドゥ、台湾版「LINE Manga」へ電子書籍システム及び電子書籍コンテンツの提供開始
ニュースリリース:http://www.mediado.jp/service/1277/
実際、日本の公共図書館でマンガの本を集めているところが結構増えているのは事実ですね(*2)
漫画コンテンツを多数所蔵している公共図書館として、白河市立図書館、新潟市立中央図書館、大阪市立中央図書館、名古屋市天白図書館などが挙げられる。
サブスクリプション(*3)
いわゆる定額制配信サービス。Apple Music、LINE Musicなどがある。
新刊書の扱いについての某出版社の社長発言(*4)
『フォーラム 公共図書館の役割を考える』
http://www.libraryfair.jp/forum/2015/1811
朝日新聞社の林さんが「実際公共図書館に何冊本が買われているのか?」に関する統計処理をした上で意見を述べていらっしゃいました。(*5)
『「本が売れぬのは図書館のせい」というニュースを見たのでデータを確かめてみました』
『図書館はベストセラーをどれだけ買い込んでいるのか?–「村上海賊の娘」のデータを調べたら頭が混乱した話』
林智彦の「電子書籍ビジネスの真相」:http://japan.cnet.com/sp/t_hayashi/35072745/
楽天いどうとしょかん(*6)
楽天と北海道、官民共同事業として 「楽天いどうとしょかん」を運行
楽天ニュースリリース:http://corp.rakuten.co.jp/news/press/2015/1020_02.html
CSR(*7)
企業の社会的責任(corporate social responsibility)。
EC(*8)
Electronic Commerce。電子商取引。
サリー(*9)
アメリカ図書館協会(ALA)会長サリー・フェルドマン氏。
サリー氏の発言はこちら
「11月10日(火)図書館総合展メディアドゥフォーラム」
https://www.youtube.com/watch?v=i6IwHXc-tYE